昔、テレビ番組・ラジオなど嵐のレギュラーをグループ・ソロ総ざらいしてタイムスケジュールを組んでいた。
その中で嵐の番組が唯一なかったのは、(ディスカバを除くと)火曜と水曜だった気がする。タイムラインの邪魔にならないように、ブログはその時になるべく更新するようにしていた。
最近になっても、水曜の昨日はニノなのにがあり、木曜の今日は夜会がありました。金曜の明日はMステが嵐特集するらしいし、タイムレスの番組に相葉くんがゲストで出るらしいのと、レコメンもある(最後の"アラシリミックス"だろうか)。嵐、ずっとなにか出てるな。
嵐が活動終了する前に嵐が出ない日はもうなさそうなので、このタイミングで一度綴ります。
小学生の頃。アイドルを好きになることが、死ぬほど恥ずかしかった私。(SMAPとかはまあみんな好きだしわかるけど、嵐とかいうあんまり知られてないアイドルしかもジャニーズ好きとか絶対言えない)とひねくれていた私。それでも、そんな気持ちに抗えないくらい、やっぱり嵐は面白かった。こんな笑いのツボが同じおもしろ集団、好きにならざるを得なかった。
一度そうなったら、もう止められない。そのまま楽曲も好きになったし、パフォーマンスも好きになってしまった。かっこいいと思い始めてしまった。でも、ひねくれも止まらない。親にも友達にも誰にも言えないまま、コソコソ嵐の深夜番組を見たり、部屋のラジカセでラジオを録音して夜中聴いたり、別の歌手のCDをダミーにしながらついで感覚に嵐のCDを買ってもらったり、アイドル誌をエロ本みたいに隠して買い溜めたり、親が習い事の迎えに来る前に急いでCDショップで予約したアルバムを受け取ったり。それもこれも今思えばくだらない青春だった。ひどすぎる。
そんな生活をしていたら、1年くらいでリビングに出しっぱなしにしてたDVDの束を見られ、ついに親にバレた。あっけない。でも、そのおかげでファンクラブに入ることもできた。しばらくは友達に言えなかったけれど、高校時代コソコソとつけていたグッズキーホルダーを同じクラスの子に見つかり、なぜかよく話しかけてくるようになった。それがこの先ずっと一緒に嵐を追いかけた友人との出会いでもあった。
グッズに並んだり、DVD鑑賞でパセラに入り浸ったり、一緒に番協に参加したり。打ち明けるって楽だな〜と感じました。反省すぎる。それからSNSを始めると、嵐の好きなツボが同じ人たちがすぐに一発で見つかった。自分と同じ感覚の人たちがこんなにすぐ見つかるなんて…!!?と、私からしたら大革命だった。SNSやブログで私が好きな嵐を伝えて、いろんな人のお話を聞いて、より一層嵐を応援することが楽しくなりました。本当にありがとうございます。
幼い頃の痛々しい過去がある私は、職場では嵐が好きなことはさらっと打ち明けていたのですが、最近同僚の人に言われた。
「嵐って、もしかしたら最後の"国民的"かもしれないですよね」と。確かにそんな気がした。
数多の好き嫌いを自分で取捨選択しなくてはいけない時代。自由の幅が広がる意味で良いことであると同時に、一斉に同じ方向を向かないからこそ、ムーブメントは起こしにくい。あくまで、「一部の」多数の盛り上がりにすぎないから。
嵐は、そんな時代になる前に着火したのだと思う。もし今嵐が同じようなバズり方をしても、一部の盛り上がりに過ぎなかったのではと思う。そのくらい、あの時代は興味があってもなくても人生の中で嵐を見ざるを得ない状況が自然と作られていた。これは本当に運がいい。そして、のしかかり続けるその期待に耐えうる人たちでもあったのだと思う。楽曲、パフォーマンス、雰囲気、健康、ビジュアル、そして人柄。それぞれのポイントが補い合って、総合的に受け入れられた。このバランス感って、本当に難しいんだろうなとも思う。
嵐はある時から一過性のブームではなく「国民的」という看板を背負う決意をしたように感じました。そのタイミングは2011年の震災直後くらいの、ちょうど「希望の光」が欲しかった時期だったんじゃないかと思う。そこから嵐の活動がより沢山の人や地域に影響を与え続けた、ような気がする。嵐は希望の光だったのだ。そんな光が、絶頂の中灯りを一度消すと自ら言ったら、そりゃ大混乱起こしますわ。
脱退を申し出た大野くんに、自身が想像してなかった「活動休止」という選択肢を提案したところから、嵐はその歩みの選択を、全て間違えなかったと思う。その活動休止の発表を休止の1年以上前、20周年の延長ツアーの合間に発表したこと。今までの感謝を伝えるために、ファンクラブの全会員に会える公演数を無理やり物理的に作ったこと。当時はありえなかった、全楽曲サブスク配信、全SNSアカウントを解禁したこと。コロナという、誰にも予想できなかった最悪の状況に追い込まれても、その状況さえもエンターテイメントに変えて、こちらで抱えきれないほどの大量のコンテンツを提供し続けたこと。休止前のラストアルバムは、新曲で構成されたオリジナルアルバムにしたこと。集まることができない状況での最終日、紅白歌合戦では国民に、休止前最後の瞬間はファンクラブに届けたこと。そしてその全てが、事前に漏れなかったこと。
二択ではない無数の選択肢を、結果、全て間違えなかったと思う。当時騒動を巻き起こした結婚発表さえ、色んな状況を加味すると私は間違いではなかったと思う。これは結果論。
休止をしている間も、実際あまり寂しくはなかった。嵐のメンバーはコンスタントに姿を見せてくれ、大野くんの話も提供してくれ、休止中も何かしらの話題やコンテンツを用意してくれていた。そしてなにより、国民が嵐の味方をしていた。嵐はずっと国民から、綿毛を手のひらでそっと包むように大事に大事に守られていた。
そんな嵐が休止から5年後、ついに活動を再開し、幕を閉じる発表をしました。
bi9rii.hatenablog.com
ファンは正直、この数年でその覚悟や準備をしていたと思う。なんというか、嵐がいつ解散しても大丈夫なように、本人もファンも「嵐に依存しない耐性」を育てられていた気がする。私自身実際、応援するスピードはかなり緩やかになりました。置いていかれないように必死に追いかけるのではなく、傍観して見守る感覚。宙ぶらりんなこのやるせない気持ちに、ついに終止符をうって「くれる」のだと。私自身の人生も嵐の歩みと共に変わってきた。巣立つ時がきたんだよと、嵐のこの大きな決断に背中をそっと押されるような感覚になる。そんなタイミングをくれている気がしたのです。
そして活動終了の判断に、反対する大きな声がなかったのも、嵐は本当にすごいなと思う。それもこれもこれまでの嵐の選択を知っているから、この人たちの判断は間違っていないと、信頼されていたからなのだと思う。幕を閉じることを、その日の約1年前に発表したこと。直接感謝を伝えたいとライブツアーを行うこと。一曲だけオリジナルの新曲を出したこと。その曲が嵐らしさの塊だったこと。メディアには出演せず、5人で集まる姿はファンクラブの前にだけ見せ続けたこと。なるべく多くのファンがライブに行けるように、何度も抽選を繰り返したこと。最終公演を生配信したこと。ファンクラブ以外の国民も観れるようにしたこと(しかも一般とファンクラブで回線を分けた)。配信を購入したファンクラブ会員全員に銀テープをプレゼントしたこと。ラストライブ前に、本ライブの円盤化を告知したこと(しかもこの一年のバースデー映像5回分もきっちり収録)。そしてまたその全てが、事前に漏れなかったこと。鉄壁すぎる。本当に間違えないね、嵐は…。
ラストツアーは、驚くくらい多幸感しかなかった。活動休止前の20周年ツアーでは、考えに考え抜いた「ファンが見たいであろう嵐」の集大成を見せてくれた。でも今回のラストツアーは、「嵐が今見たい嵐」を見せてくれた気がするのです。今自分たちがやりたい衝動を詰め込んだセットリストと演出だった。ファンが一番見たいのは、実はそれだったりする。
ブランクも感じさせないくらい、いつものように歌って踊る嵐、ヘラヘラ笑ってミスを指摘しあったりする嵐、私がこれから先もずっと見ていたかったいつものライブを目の前で見守ることができて、あの瞬間は寂しさよりも多幸感が勝った。実際に松本くんは、こんなに楽しくライブ構成を考えたのは初めてだと、公演の挨拶で語っていた。ファンは幸せだと思う。めっちゃ嬉しいね!
嵐のメンバーからは、ライブの挨拶のたびに「嵐をこれだけ大きな存在にしてくれたのは、本当にみなさんのおかげ」だと、私たちは何度も何度も言われ続けてきた。
でも、それだけじゃないと思う。
大きな存在にしたくなるグループだったから、ここまでついて来れたんだと思う。いろんな事情があって脱退や解散に追い込まれてしまうグループが大半な時代、誰一人欠けることなく駆け抜けることが、どれだけ難しいことか。そんな話が出回る度に、改めて実感してしまうのです。これだけの長い時間を走り続け、全員の手を重ねながら自ら扉を閉めることができて、嵐もファンも、本当に幸せだと思う。絶妙なバランスで保たれた5人と、国民を味方につけて支え続けたファンが手を取り足を取り、いけるとこまでいってみた結果なのだと。
そしてここが、その終着点。
お互い、本当によく頑張ったよね!!!
10周年を祝う曲には「5人でいる ずっといる 今までを力に変えて、変わらぬ愛で包み込んだら 永遠が ほら永遠が 僕と君だけに生まれたんだ」という歌詞がある。
ラストシングルには「永遠という名の嘘 本当にした 忘れないでいよう」という歌詞がある。
信じたい。嵐が背負った期待に全力で向き合った時間と、ファンが繋いできた今までの全てが無くなるわけじゃないのだから。
寂しいけど。めーーちゃくちゃ寂しいけど。
活動しなくていいから、たまーーーに集まって話してる様子を届けてくれるだけでもいいんだけど。
それでもちゃんと幕を閉じると、手を重ねて笑って言うのだから、ちゃんと信じたい。
嵐がどれだけ頑張って、どれだけファンのことをずっと考えていたのか、私は本当に知っている。信じたい。どうか嵐のことを信じてほしい。
同僚は、「どれだけの人が救われたと思ってんだ!って。早く国民栄誉賞あげるべきですよ!」と続けた。確かにそんな気がした。
その時また、本当によく頑張ったよね!!!と、最後まで嵐を好きでいられた自分を、胸張って褒められる人生でありたい。
そしてこれからも、好きでいられる根拠だらけの自信がある。
忘れないでいよう。
こんなに幸せだった時間、忘れるわけないだろう。